国頭村謝敷                           トップへ



【謝敷(与那ノロ管轄)】(2005年12月27日)

 謝敷は与那ノロ管轄のムラである。謝敷の集落に興味を持つのはウタキ→神アサギ→神道→(集落)が明確であること。根神屋の後方にウイヌカーがあり、そこは若水や産水を汲むカーである。

  1753年に与那、謝敷、佐手、辺野喜、宇嘉の五カ村を管轄する杣山筆者の詰所が置かれた。1864年国頭間切謝敷村比嘉筑登之の持船が漂流したことがある(『球陽』)。
  ・1775年辺伊口川から謝敷原にある天水田に水をひく。
  ・1781年ソテツを植えさせ飢饉にそなえさせる。大城外三名が首里王府から表彰される。



▲神アサギとウタキを結ぶ神道        ▲神道は伊是名島を結ぶ


       ▲根神屋と神アサギ             ▲ウイヌハー(上のカー)


▲旧街道筋にある福木並木    ▲集落内は福木の屋敷囲いが残る