中城ノロクモイ本筋嘆願書(明治16年

                                  沖縄の地域調査研究(もくじ)   


2011105日(水)メモ

 「中城ノロクモイ本筋嘆願書」(明治16)である。廃藩置県後、各地でノロの継承の紛争が起こっている。その一例である。ノロ制度が1500年代から続いていたとすると、様々な継承問題が生じてくる。そこでの問題解決がどうなされたか。(工事中)

       ノロクモイ本筋嘆願願書

  今帰仁間切中城ノロクモイノ儀其私大宗
  湧川親雲上亡娘始テ相勤二代目迄ハ順々
  相続相勤三代目ノノロクモイニハ勤ナガラ仝間切
  諸喜田村六十六番地平民島袋礒之丞元祖
  不罷居候ニ付是非ナク彼娘子孫エ相勤サセ中
  頃ニ至レテハ島袋礒之丞方ニモ可勤者無之
  候ニ付當今仝村六番地平民宮城仙助祖親エ
  相勤サセ候處當分ニ至りテハ此方子孫ニモ
  勤ヘキ者段々罷在候ニ付私亡父存在ノ時此後
  ノ代合ヨリハ此方エ差帰シ候筋亡ノロクモイト
  約定致置候際代合ノ時ハ宮城仙助相談ヲ
  以テ此方ヨリ相勤候様遺言ノ趣委細聞受
  候ニ付此節ノ代合ヨリハ素ノ如ク此方エ相勤サセ
  候様相談ヲ入候ヘ色々口能相構張合ニ成リ
  候處近日宮城仙助ヨリ願立ノ趣ハ本筋差犯シ
  午晩モ張合候テ身分不為ニ相懸ル事ナレハ一代
  迄ハ彼方ヨリ相勤サセ其以後代合ヨリ私方相勤候
  様可取計旨私娘相談有之此上ハ難差帰願相達
  置候處彼門中共同者不致由ニテ干今相片付
  不申候依之奉願候義恐緬ノ義ニハ御座候ヘモ
  ノロクモイ義大切成神職ノ事ニテイツレ先
  祖ノ伝職再起イタシ度相封談判仕候ヘモ彼ノ
  門中ハ彼方ヨリ永代相勤候ニ付テハ今更本
  家の迎此方エ差帰シ義唯成段申張候右ノロ
  クモイ役地ノ義今迄帳面ノ當村エ御授被仰付
  旧藩言上書モ中城ノロクモイト被申付猶且
  拝領金ノ簪等モ當家ニ格護置申候尤言上
  書ノ義此方ヨリ相勤候分ハ此方挌護可申ノ処
  此方ヨリ出嫁ノ女子ノ彼方ニ手挌護相成申
  □□□□言上書共御用被仰付御賢覧相成リ
  候ヘハ此方ヨリ相勤候ノロクモイト彼方ヨリ相勤
  候ノロクモイト委細御差分相成筈候条彼
  此御厄害ナカラ根源御糾方ノ上何卒本家 
  再発致候様被仰付被下度此段歎願仕候也
    明治十六年
       
 
                            

 
                                     (⑤④は略)