古宇利島のプーチウガン

 古宇利島の年中祭祀

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 プーチウガンは旧暦の10月に行われる。日を選んで行われる。プーチは悪疫や流行病のこと。島の拝む場所は津口(港)や集落のは入口、それと七つのウタキがあるがナカムイヌウタキはウタキのイベまで行ってウガンをする。他の六つのウタキに向かって遥拝をする。宮城真治は「津口御願」(ツグチウガン)と記す。(前半部分は11月の動きへ

 プーチウガンはウタキと集落の入口、そして津口(かつての舟着き場)と井戸(水)との関わりのある神行事(祭祀)である。プーチ(風気)と呼ばれるように島に悪疫が入らないようにとの祈願である。それをウタキに祈願して払う要素が強い。神人の唱えは「今日はプーチウガンの日です。作り物(作物)がたくさんでき、ムラ人が健康でありますように」と。古宇利春男氏は、「昔はウガンする場所は皆海岸だったな。左縄も張り巡らしていた。グザブ(今の港)の所は岬(森)になっていて芝生があった。そこでウガンをしていた」と。

 農村構造センター(ムラヤー・公民館)に神人達は集まり、そこで線香やお餅、三枚肉、紙銭(白紙)、お酒(泡盛)、米、塩などを準備。神人が集まり供え物の準備ができると、まずはお宮から始まる。

[
神 人]
   古宇利春男氏 兼次フサエさん 玉城タエさん 玉城ユキコさん キヌエさん


(菜美路メモ)

 古宇利のプーチ御願は旧暦4月吉日と旧暦10月の吉日を選んで行なわれる。この日は旧暦102日の大安にあたる。
 この祭祀は疫病祓いなどの意味を持つと思われる。また、この祭祀は西組と東側の2つに分かれて御願を行い、サブセンターにて合流する。かつては待ち合わせしてサブセンター(公民館)へ向かったが、神人の高齢化や季節(寒さ等)などの関係で待ち合わせは行われなくなったとのこと。 プーチゲーシとも呼ばれ、外から来る悪病や災害を追い払って健康祈願をする行事である。昔、古宇利島でコレラが発生し多くの人々が亡くなったために、この行事が行われるようになったと言われている。かつてと同様に年2回行われている。(「古宇利のフンシガミ」玉城夕貴 ファイルより)


[東 方](玉城 菜美路 調査)

  マーハグチヌウタキ(遥拝)
  トゥンガヌウタキ(遥拝)
  プトゥキヌメーヌヌウタキ(遥拝)
  ソーヌウタキ(遥拝)
  チグチ(東側の浜)(遥拝)
  アガリヌハー(東の井戸)
  イリヌハー(西の井戸)


マーハグチヌ御嶽(遥拝)1507

 お線香に火をつけ、香炉のかわりに石にお線香をたてかけ、塩を盛る。花米をウチカビ・白紙の上に3回つまんでおく。御願を終えるとお線香の根元にお酒を少しかける(これも3回)。最後にその場でウチカビ・白紙は燃やす。

 「今日はプーチ御願・・・マーハグチヌに遥拝します。」等の報告をおこなっていた。

トゥンガヌ御願(遥拝)1523

 供え物や所作はマーハグチヌと同様。
 「ここの、向かって右側の崖にはたくさんの遺骨がのこっていた。」とのお話が聞けた。

 

津口(ソーヌ プトゥキヌメーヌウタキまとめて)1542

ここではソーヌ、プトゥキヌメーヌ、津口の3ヵ所をまとめて遥拝。そのため、ウチカビ・白紙とお線香は3つ分用意(津口のお線香には火をつけない)。ここではご馳走(モチ、豆腐、豚肉)を供える。御嶽2つと津口へとそれぞれへ御願をする。御願を終え、お線香の根元にお酒をかけ、御嶽2つのウチカビ・白紙は燃やし、津口へのウチカビ・白紙は燃やさず。お酒とご馳走のウサンデーをこの場で行なう。

 

アガリヌハー(東の井戸)1610

 お線香とウチカビ・白紙は燃やさず。燃やさなかったウチカビ・白紙は井戸の隅へ。

イリヌハー(西の井戸)1619

 こちらでも、お線香とウチカビ・白紙は燃やさず。足元が悪いので、フサエさんは上の方から御願。燃やさなかったウチカビ・白紙は井戸の隅へ。


[西 方](仲原調査)

  イーバイ(西の入口)
  ハンゼー(海岸)
  ウパルマイ(海岸)
  グザブ(港口)
  ターチバナシ(かつては海岸)
  トゥンジバマ(かつては海岸)

イーバイ(西の入口)
  ・集落の西側の入口(イーバイ)
  ・ハマンシヌウタキとマチヂに向けて遥拝する。
  ・そこから餅・豚肉も供える。

 

ハンゼー(海岸)





ウパルマイ(海岸)



グザブ(港口)



ターチバナシ(かつては海岸)



トゥンジバマ(かつては海岸)



・農村構造センター(ムラヤー・公民館)