徳之島伊仙町 沖縄の地域調査研究(もくじ)
2009年5月10日(日)
亀津からスタートし、伊仙町の村々を訪れながら、神社と集落の関わりの視点でみることはどうか。村々の地理感覚が不十分なため、なかなか体に落ちてこない。その中で阿権の集落は、他の村と異なった習俗や文化をもった一族の集団ではないか。村名もそうだし、阿権神社の近くにある墓地をみると、墓塔に「平」姓が数多くみられた。それと高地性集落である。石積みの屋敷が目立ち、それが阿権村の人々の気風が表れているのではないか。最初にそんな印象ではいた村である(平一族は琉球王府時代、島津藩の領地時代、さらに明治に至って豪農、大地主であったようである(「村落階層構造の史的展開」『徳之島調査報告書』4 沖国大南島文化研究所。参照)。
『琉球国郷村帳』(1668年)や『正保国絵図帳』に「あこん村」と登場する。近くの「木之香生活館」でボール遊びをしている子どもたちに声をかけてみた。犬田布の小学生。 阿権の子供達ではなかった。阿権神社を中心として、その裾野に集落が展開しているようにみえる。グスク時代の集落形態に近いのではないか。平家文書は手にしていなが、古琉球までは遡れるかもしれないが、グスク時代まではどうか(集落の詳細調査をしてみたいもんだ。すでになされているであろう)。

▲伊仙町阿権神社 ▲古めかしい石垣がある阿権集落

▲伊仙町木之香生活館の広場で。犬田布から遊びにきたという。

▲伊仙町上面縄の高千穂神社 ▲高千穂神社からみた麓の集落

▲伊仙町面縄の坂元権現 ▲坂元権現からみた麓の集落
【徳之島】(伊仙町)(3)
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伊仙町 |
グスク |
世之主 |
ノロ |
拝山・ティラ山 |
踊 |
地名など |
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①喜 念 |
アジマシ(按司の田)・按司屋敷 |
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②佐 弁 |
グスクダ |
佐弁神社 |
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③目手久 |
八幡神社 |
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阿三は浅間・カムイ焼窯跡 |
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ウンノーアジヤシキ・クランシキ・空堀・見張所・曲輪 |
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⑥検 福 |
トラグスク |
ノロ |
検福穴八幡神社 |
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⑦中 山 |
山岳城跡・中山城(ネーマグスク) |
女王伝説 |
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トゥール墓 |
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安住寺跡地に八幡宮と高千穂神社を合祀した義名山神社 |
安住寺は明治6年に廃止、石象はアガレン山へ。像は鄭迥(謝名親方?) |
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ウードゥ(城跡)・ターミグスク |
平家に首里之主由緒記 |
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高地性集落、石積みの屋敷、姓は平 |
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⑩馬 根 |
稲積城跡 |
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桂家・関家は士族 |
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⑪木之香 |
アマングスク(天城) |
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9月13日の稲作儀礼のアキムチ(ムチタボレ) |
源為朝の腰掛け石・線刻文字・犬田布騒動 |
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⑬崎 原 |
麦万神社 |
開拓村・掟 |
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⑭糸木名 |
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いときなのノロ |
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⑮小 島 |
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シマの創世神話(大洞穴) |
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⑯八重竿 |
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筑登之が阿権まで水路をひく |
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宿森神社(源為朝を神体) |
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