平敷神職人並に信仰年中行事記録
平敷神職人並に信仰年中行事記録(1952年)(再録)
一、 平敷の字は古来左記神職人(神様信仰の字民代表)を設置し、其の神職の責任に於て年中の神様信仰行事を執り行う事が昔から変らない我々祖先の傳統であり且つ又之が現実であります。神職は、終身神職であります。依って欠員(死亡又は体の健康上其勤めに絶えない場合)を生じた場合、後任補充の方法は神職に関係のある方々と字当局並に字有志が大役地に會合し、其の神前に祈願し、神前にに於て何回となく易の判断を繰返し、其の結果に依って何人たるかを確かめ以て、之を神命として決定する事は、昔からの歴史である事は字民衆の周知の通りであります。
此の歴史ある大役殿地に於ける神職人並に年中行事は左記の通りでありますが、昔から我々の祖先が遺してあった大事な記録は故島袋源太郎が保管中大東亜戰爭の為め、紛失したので、現在存命の老人の方々、神職人等が字事務所に集合し、最も確実なる記憶に依り、慎重を期して左の通り記録を作製したのであります。
但し爾後は神職引継の場合左記勤續順序に氏名記入と引継ぐに引継年月日記入の事
大役殿地歴代神職人
・山城善五郎(なびま屋の喜五郎父)後継人 與那嶺林助 後継人 山城長太郎
・あさと屋のぷーぷ 後継人石嶺幸五郎(ぐう屋) 石嶺幸五郎
・山城長太郎 後継任 與那嶺林五郎 與那嶺林五郎
・石嶺幸五郎 石嶺幸五郎 後継人 島袋徳松後継人
・與那嶺林五郎 與那嶺林五郎 與那嶺林五郎
・上原辰太郎 後継人石嶺究助 後継人仲村真七郎
・與那嶺林五郎後継人 伊集萬助(昭和八年旧四月廿六日引継)
・仲村真七郎後継人 石嶺幸久(昭和)
女神職勤續順序左記の通り
一、大役女内神
・石嶺はな(じらや)
・玉城うし(あたしや たくしにやの子)
・上間かな(政助妻/すぐじやぬやの子)
一、四ヶにがみ(平敷・謝名・仲宗根・玉城)
・謝名仲宗根屋のおばあ
・与那嶺かな(越地の大工屋) 後継人
・仲里はな子(政徳妻/じらやの子)
一、島にがみ(島は字の名)
・石嶺かな(たらしみ屋)
・安里かな(ひじゃばーば/あがりじょの子)
・仲里かまだ(いりじょうの奴助妻/あがりじようの子)
但し引継の時は御供物として花米一升五合酒五合七寸の御重七個
右の外ぺーふ役の勤めは左記の通りでありますが此役目は古来の傳へで節の時四ヶ字連絡員として勤めを果たす役目であります。
一、四ヶ字ぺーふ(平敷・謝名・仲宗根・玉城)
・島袋源次郎(ひちゃんぐぬち)
・後継人島袋源太郎
・後継人石嶺惣三(たらしみ)
一、村(字)ぺーふ
・大城文五郎(あがりんばーりのめーじゃぬくせ)
・後継人山城喜五郎(なびまや)
・大城庄松
信仰行事に依って字民の拜む所は左記の通り
一、大役殿地、其の北の御川、いべ、島田殿地、掟殿地、前古宇利殿地、大主殿地、平敷大川(清明祭)、かーそー側御基、てがし二ヶ所、大主墓、仲尾次の前田墓、平敷大川、こー山田、なーそ西側の川
・年中行事並に御供物の取立
一、月越の御願六回、一回に付酒一合・線香一束
二、清明の御祭り、七寸の御重二組・六寸重一組・酒一升五合
三、三月うちまち(三月十五日)、酒四合・香一束・うかたび用酒一合・香一束
四、四月十五日嶽の御願、阿社御願酒一升・御嶽御願酒一升・花米一升・縄二きた
(一きた五十尋)
五、五月うまち(十五日)御祭費は神職人の負担
但、十四日晩の慰あ用として七寸の御重一個・酒五合は字負担とす
六、六月田ぐしち用米一升(控田まちへ―二ヶ所へ奉納)
七、六月うちまち(六月十五日)うかたび用酒一合・線香一束・御願用酒四合・線香一束
八、六月二十五日(しぐ)、御願酒三合
九、七月二十五日(わらびみち)御願用酒一升・花米九合・芋(甘藷)十斤
十、八月十日、御願用酒三合
十一、十一月うんね、芋五斤酒三合(御願用)
十二、三年越の御願用しるべし、豆腐・豚肉・米(御飯用)・吸物・花米・一升・酒二升、以上の
通りでありまする故に我々字民は祖先代々引續神職人に関する事柄並に年中行事に
不動の信仰精神を以て認識を深めて来ました事は申すまでもなく、我字の繁栄を永遠
に延長する大きな意義を持つものだと信ずるのであります。
日常、我々が安閑として暮す事が出来ます事は、全く神様の御加護の賜もので、深く感謝を申し上げねばなりません。
就きましては此由緒ある我字の神職人並に信仰行事に對しては如何なる異論があって動揺する事なく如何なくまがあっても迷う事なく又迷ってはいかないのであります。
我字民は祖先の傳統を踏襲し確固たる信念のもとに決して過ない様にと一九五二年(昭和二十七年)旧 月 日字常會に於て決議し本書正副二本を作製し、一本は神職人に於て保管し、一本は字に於て永久に保管するものとす。
付記
神職人の耕作地は左記の通りにして神職人更迭の場合は其後継人に引き継がねばなりません
一、越原一、一八二番 畑三百四十二坪
一、運田一、四〇六番 畑百三十四坪 石嶺惣三
一、戸茶 五八〇番 畑三百三十六坪
一、越原一、一三二番 畑二百十六坪
一、越原一、二九二番 畑六十三坪 大城庄松
一、前田八百五十三番 田百二坪
一、前田八百六十三番 田九十二坪
一、前田 九百三十番 田二十八坪 上間かな
以上 (筆者 石嶺幸亨)
一九五七年(昭和三十二年)旧五月九日、石嶺惣三死亡に因り其後任
島 善助
一九五七年(昭和三十二年)旧七月二日、大城庄松死亡よろしくお願いいたします。因り其後任 山城 常三郎
■平成元年度
【 平 敷 】
旧 暦 年間行事表
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・2月うまち(旧2月1日) 3月22日 |
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・清明祭(旧3月15日)(評議員全員) 4月20日 |
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・嶽ぬ御願(旧4月15日) 5月19日 |
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・5月うまち(旧5月13日~15日) 6月16日 |
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・6月うまち(旧6月15日) 7月17日 |
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・旧6月25日 しぐの御願 |
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・旧8月16日~18日 エイサー |
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・わらびみち(旧7月25日) 8月26日 |
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・大折目 旧7月最後の亥の日 8月31日 |
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・旧8月10日の御願 9月9日 |
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・旧11月15日 年最後の御願 12月12日 |
神職
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氏 名 |
越 原 |
戸茶原 |
田 |
計 |
備考 |
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伊集万助 |
108坪 171坪 |
坪 108坪 |
坪 102坪 |
坪 489坪 |
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石嶺幸久 |
108坪 171坪 |
坪 108坪 |
一年毎 ↓↑ 交 換 92坪 |
坪 479坪 |
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S62. 与那嶺林清 |
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上間カナ |
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28坪 |
28坪 |
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山城常三郎 |
63坪 |
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63坪 |
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島 善助 |
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134坪 |
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134坪 |
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計 |
621 |
350 |
222 |
1193坪 |
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昭和六
昭和六二年 小作料 坪=¥四十―
算出方法 神職人年俸÷総坪数=△×神職地坪
=神職人小作料=神職人年俸
与那嶺林清の場合 四八九坪×四〇円=一九、五六〇―
坪一一九三坪×四〇円=四七七二〇円二五円
三〇〇〇〇÷一一九三坪=