今帰仁村湧川の印部石(「ケ しゆや原」)

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2011年1月26日(水)

 「印部石」が寄贈される。今帰仁村湧川の前田原にあった印部石(原石)である。前田原には前田拝所があり、湧川の祭祀に旧暦二月の最後の亥の日に行う前田折目(前田御願)がある。前田にあるイビムイ(湧川のウタキ:タキサンともいう)の麓に三穂田(ミフダ:神田)がある。そこで稲の生育や豊作のウガンがあある。神人が神田に入り稲苗の初植えの祭祀が行われる。田植えの合図であるという。20年前田港さん(故人)から付近に「原石がある」と聞かされていた。前田原一帯は土地改良でなされた。そのこともあって土地改良中に何度か足を運んだが確認することができなかった。今回提供された印部石(原石)はあった場所からすると、間違いなさそうである。

 「ケ しゆや原」である。塩屋原のことであろう。現在の小字(原)に「しゆや原」はない。前田原に「スガー」「シユガー」(塩川)があり、元文検地の頃、現在の前田原に「しゆや原」の原域があったと見られる。「しゆや原」は塩屋に因んだ原名と言えそうである。今帰仁間の元文検地は1743年頃だと見られる。印部石がたてられたのは、湧川村が新設されて間もない頃である。(湧川村が創設される以前、湧川村地内に振慶名・我部・松田・桃原などの村があった。それらの村を移動させて湧川村を新設)。湧川村に印部石を設置したのは村移動や村の新設と関係あるのだろうか?

 「ケ しゆや原」の印部石の確認は今帰仁村内で24基目である(但し、一基は史料の中)。


▲湧川の前田原にあった印部石