崎 山(今帰仁村)                                トップヘ

・崎山(ムラシマ講座)


・崎山の概況(がいきょう)(2009年11月14日)

 ・崎山はヒチャマという。それは下間のことか。
 ・北山高校の後方にジニンサウタキがある。そこは上間(後に下間と統合)のウタキか。
 ・1750年から明治の6年にかけて中城・上間・崎山の三つの村が登場する。
 ・北山高校の後方に上間村、スガーウタキ(中城ウタキ)一帯に中城村、崎山の発祥地
  付近に崎山(下間)村があった痕跡がある。
 ・上間村・中城村・崎山(下間)村の位置関係から見える村名。
 ・『絵図郷村帳』(1644年頃)や『琉球国高究帳』(1648年頃)や『琉球国由来記』(1713年)の
  村の並びからもうかがえる。西から、崎山村・中城村とあり、崎山と上間は並列にある。
 ・崎山の神ハアギは古くからの形を保っている(茅葺屋根の軒が低い建物)。
 ・神ハサギ内にタモトギがある。ハサギミャー(庭)に舞台があり、そこで村踊り(豊年祭)を行う。
 ・お宮は1961年に建てられている。
 ・お宮の中に左から崎山殿内・諸田殿内・火之神・掟神殿内とあり、別のところにあったのを
  お宮にまとめてある。一ツは元の場所に戻して拝んでいる。
 ・お宮の西側に屋部(名護市)と関わる香炉?が三基ある。
 ・ヒチョシナガーラ沿いに崎山の古い墓がある。池城墓やウフトゥル墓がある。
 ・崎山の港原に炬港(テーミナト)がある。
 ・村学校の発祥地の場所に碑がたてられている。
 ・仲尾次のウドゥイバンタが崎山地内にある。

  
 
  ヒチャマ(崎山)・ナカグスク・ウイマ(上間)の集落関係想定図

(踏査地)

 ・崎山の神ハサギ
 ・崎山のお宮(拝所)
 ・ヒチャンパニモー
 ・崎山ヌンドゥンチ
 ・崎山の発祥地(メンスガー)
 ・池城墓/ウフドゥール
 ・炬港(テーミナト)/倉(倉庫)跡
 ・崎山泉(ヒチャマガー)
 ・ウドゥイバンタ(仲尾次が奉納踊りをする場所)

 
    ▲崎山の神ハサギ                 ▲村踊り(豊年祭)のハサギミャーの舞台


         ▲炬港(テーミナト)                 ▲崎山のウサバマ