2012年11月4日、小雨のなか国頭村奥間までゆく。足を運んだのは以下の通りである(一部雨のため遠景)。アマングスク(奥間グスク)と。金剛山と経塚は雨のため登れなかった。奥間小学校敷地は大正3年まで番所(役場)などの施設があった場所である。

 国頭番所は1732年に浜村から奥間村へ移動。大正3年まで番所(役場)があったが役場は辺土名へ移転。戦後、番所(役場)跡地に奥間小学校が置かれた。奥間は国頭間切(村)の180年近く行政的な中心となった村である。行政的に中心となった村にどのような歴史的は遺跡がのこっているか。

 番所があった場所には馬場、村屋(奥間の)、火神の祠、そして大きな松があったという。今では消えてしまっている。番所敷地の側に奥間ノロドゥンチがある。

 奥間の根屋(ニーヤー)とされる屋号アガリとアガリカンジャヤー。その伝承は今でも根強く伝えられ、字章も金萬である。アガリに「かぎやで風」の碑が建立されている。

 @国頭間切番所跡(奥間小学校)
 A土帝君
 B奥間グスク(アマングスク:アマンチヂ)(雨天のため麓から)
 C番所火神(地頭代火神)
 D奥間ノロドゥンチ:神アサギ
 E金萬川
 Fアガーリ(座安家)、獅子ガナシの祠
 Gアガリカンジャヤーの祠
 H金剛山(二つの碑)
 I現公民館側の十二支
 Jイジミガー

  
    ▲土帝君の祠           ▲祠内にある土帝君      ▲台風で倒れた大キリ

 
   ▲番所(役場)の火神          ▲奥間グスク(アマングスク) 

 
     ▲奥間神アサギ               ▲奥間ノロドゥンチの拝所  

 
    ▲アガーリ(根屋)(座安家)      ▲アガーリの屋敷内あるシシガナシの祠  

 
   ▲奥間鍛冶屋発祥の地の碑          ▲奥間鍛冶屋  

 
 ▲鍛冶屋内にある鞴や農具       ▲金万川の跡(カニマンマク)  


        ▲金剛山の祠        ▲祠内の碑(金剛山と南無阿弥陀仏)  

   
▲公民館敷地にある十二支の一部 ▲旧公民館敷地のガジマル ▲イジミガー(大正7年改築)
  

















    国頭村奥間(平成24年11月4日)トップへ